猿猴取月とは欲を出しすぎて身を滅ぼすこと。

胃無し人間が限界を超えた食事をする
前編はこちら



普段の1.5倍の食料を腸に詰め込んだ
胃全摘患者。

お店を出た直後は「苦しい」という感覚は
あるものの、それほどキツいわけではない。

これはいつものこと。

大抵、食後の苦しみは20~40分後にやってくるのだ。

ここから家までは高速道路で45分。
具合が悪くなる前にギリで家につけるかもしれない。

冷静に運転席に乗り、車を走らせる。

後部座席では嫁さんが「苦しい~」と
お腹を抱えて寝込んでいる。
私はといえば、少し違和感はあるものの、
のたうち回るほどではない。

これは、もしかしたら今日は平気なのか??

そう思ってしまうほど順調な滑り出しだった。
この後の悲劇を知ることもなく。

―――――――――――――

高速道路を走り出して15分後、
突然の吐き気。

続いて腸の痛み。右側の骨盤の横に
激痛が走る。

ヤバい、と思う時間もなかった。

偶然にも、路線バスの停留所が眼の前に見えたので、
すぐさまハンドルを切り、緊急停車。
助手席に乗っていた子供も、何が起きたのか、
という急展開ぶり。
「運転代わって」
と言えていたかどうかは分からないが、
後部座席にすぐに移動。
嫁さんに運転を託す。

運転は無理でも、落ち着いてとりあえず
家までは・・・と思った瞬間、
凄まじい激痛と吐き気が身体を襲う。

七転八倒を絵に描いたような
もがき、苦しみ。
じっとしていられず、身体を倒したり
ひねったり、飛び跳ねたり。

片手にはビニール袋、
片手にはシートベルト。

身体をくの字に曲げて吐こうとしても
ポンプ(胃)のない身体では
出てくるのは黄色い胆汁だけ。

痛いと叫ぶことすらできない苦しみ。

呼吸は荒く細く、身体から吹き出る冷や汗。
0.1秒たりともじっとしていることはできず、
もがき苦しむ。


嫁さんは冷静に判断して
車を走り出させたようだ。

車の揺れに合わせて身体が車にぶつかるが、
そんなことは全く気にならない。
どうすれば苦しくなくなるのか、
痛みから解放されるのか試行錯誤を試みようと
するが、その余裕さえない。

この痛みを表現するいい方法がまったく
思いつきません。

少なくとも、人生において、これほど苦しく、
つらいことはありませんでした。
胃を取りだして麻酔が効いてなかった時よりも4.5倍はつらく、
偏頭痛で家の角に頭をぶつけ続けたときよりも3.2倍は
死を覚悟しました。

やがて、家に着き、子供に支えられながら部屋に入るも、
苦しみや痛さは増し続け、動けないのに
動かざるを得ず、吐けないのに吐かざるを得ず、
力が入りすぎていたせいか
両足首と両腿、右腕の5ヶ所がこむら返り、
身体が突っ張って小刻みに震えている。
それはもう、地獄の様相。

子供はその姿を見て泣いていたそうです。

死ぬんじゃないかと。

もだえ苦しむこと2時間。
いつの間にか気を失っていたよう。

吐き気はなくなっていたものの、痛みはまだあったが、
それはもういつものダンピングと同じくらいの痛み。

お風呂に入り、全身の毛穴から吹き出た
脂汗を洗い流し、就寝いたしました。

――――――――――――――

教訓。

胃無し人間は食べ過ぎてはいけない。ダメ、絶対。

今日は食べられるかもしれない、は幻想である。

もう二度と繰り返すまい、あの悲劇を。

リメンバーラーメン。

しません。させません。過食。

数多くの標語を残し、
私は次なる試練へと立ち向かうのです。


胃のない人がお腹いっぱい食べるとどうなるのか実験してみた。

いや、そんな実験したくはなかった――

――――――――――――――――――

お腹がいっぱいという感覚から無縁になって
4年が経過していますが、
胃のない皆さんのために (ウソ)
胃全摘した人間が限界を超えて
食事をするとどうなるのか、
実証実験してみました。 (予定外)

それもこれも、すべては
子供の試合が終わった後に行った
ラーメン屋さんでの出来事。

いつもなら、具の一番少ないラーメンで、
さらに麺を半分にしてもらいます。
それでも具合が悪くなることがしばしば。

が、ここで胃がない人に特有の
病気が発現します。

それは、
「今日は食べられるかもしれない病」
です。

応援をしていて間食もしていないし、
なんだか行けそうな
気がしてしまったのです。

そして、あろう事か
「太麺のチャーシュー麺」
という空前絶後の、超絶怒涛
注文をするわけです。

いつもなら、途中で苦しくなって、
無理矢理嫁さんに食べてもらうところですが、
なんとこの日に限って子供が体調がわるくなったらしく、
注文が来る前に
「食べられないかも・・・」
という危機的な状況。

さすがに嫁さんも3人分は食べられない。
しかもお店はカウンターのみで
微妙に残すに残せない雰囲気・・・

こうなれば自分の力でどうにかするしかない。

しかし、運ばれてきたラーメンは
予想を上回るものだった。
チャーシューだけでステーキ一枚分は
あろうかという量。
たっぷりの太麺。

メニューが文字だけなんて、ルール違反だ。

顔面蒼白進退両難千荊万棘七難八苦・・・
ありとあらゆる苦難の言葉があふれ出す。

もはやRPGのラスボスにレベル1の勇者が挑む絶望的な状況。

それでも破顔一笑、少しずつ良く噛んで
胃袋、いや腸袋へラーメンを運んでいく。

・・・

チャーシューを1/3、麺を数本は食べただろうか。
この状態ですでに腸がパンパン。
チラと嫁さんを見ると、すでに子供の分の
ラーメンにまで手をつけている。
これは短期決戦を狙っている。胃袋がふくれる前に
食べきってしまおうという技だ。

もちろん、胃のない人間にとって、この技はリスクが伴うので、
この4年間、一度も使用したことはない。

しかし隣でハイペースで食べられると、
自分のペースも乱されて、
次々と加水された麺を腸に放り込む状態に。
当然、明らかにいつもよりかみ砕けていない。

大丈夫だ。たぶん後で苦しむだろうけど、
食事で人間が死ぬはずない、
自分に言い聞かせ、8割近いラーメンを食べきった。

さながらラーメンの腸詰め状態だが、
さすがに限界、店員さんに謝りつつ、
家路についたのです。

普段ならここでストップ!と判断する食事量の
1.5倍には達しているだろう。

さて、ラーメンを愛し、ラーメンに愛された男の
この牛飲馬食が吉と出るか凶と出るか、
それは後のお楽しみ・・・


理不尽は遠きにありて思ふもの

このブログを書き始めたとき、
つまり手術から半年後、
何を考えてブログを書き始めたのか、
イマイチ思い出せません。

職場のみんなが
mominekoはもう死ぬんだ、と
思っていたことに腹が立ったのかもしれないし、
これからスキルスと診断される人に
(押しつけがましい)「希望」の
一例を残しておきたかったのかもしれない。


ただ、一ついえることは、
死ぬ前に何か残したい
とは微塵も感じていなかったこと。

スキルス胃がんと告知を受けてから今の今まで、
自分が死ぬかもしれないとは
ほとんど考えたことはありません。
(手術できないかも、と言われた時も漠然としか死を意識してませんでしたし)
死んだ場合の経済的なシミュレーションはしましたが、
これは家族に対する責任からしただけで、
リアルには考えていません。

この辺は嫁さんも大体一緒で、
変にあがいたり、感情的になったりすることは
あまりありませんでした。

事実を受け入れる

これ以外のこと、何ができるのでしょう?


よく、口癖のように
理不尽だ、
という方がいます。


私と嫁が要注意単語に認定している言葉の一つが
「理不尽」
という言葉。

これはことわりの外にある、
という意味の言葉です。

ことわり(理)とは、
この世の物事がそうである理由
です。
つまり、自分の価値観の外ではなく、
世界が存在する摂理の外、ということです。

例えば、上司に理不尽な命令をされた、
という言葉は間違っていると思うのです。

難民の子が、他国やゲリラの仕掛けた
地雷で足を失うのは「理不尽」です。
彼が生きられる世界の摂理の外にあるからです。

自分の考えと異なるから「理不尽」というのは、
ワガママすぎませんか?

自分ではどうにもならない、逃げ出すことも
闘うこともできない、受け入れることすら容易ではない、
けれども起きてしまう不幸、
これが理不尽だと思うのです。

だから、若くして自分がスキルス胃がんになったから
といって、理不尽だと思ったことは
0.0001秒もありません。

30代後半のスキルス胃がん罹患率が
0.0001%であったとしてもです。
※適当な計算によると、大体これくらいです。

自分の生きる世界の中の出来事に
理不尽という言葉は
不適当だと思っているのです。

まず受け入れ、そしてどうするか考えることができる、
それだけでもだいぶまし、と思ってしまうのは、
我慢を美徳とする日本人的発想なのでしょうかね?


ところで今朝、嫁さんに具合が悪いんだ、と言ったら
「だからいったでしょ」
「なんで気をつけないの?」
「自分が悪いんだからね!」
と罵られ、理不尽だな~と思う
mominekoでした。


執行モード、デストロイ・デコンポーザー

PSYCO-PASSというアニメがありまして、
近未来の反社会的人格者(サイコパス)
※作品内では=無差別殺人者
を題材にしたかなり鬱な内容で、
キーアイテムの声優さんが南ちゃん(日高のり子)
だったことに衝撃を受けた訳ですが、
実はETCの音声も日高のり子さんだっと
最近知って、天地がひっくり返るほど
驚いたmominekoです。
あ、どうでもいい話ですが。


私が苦しんだダンピングは
前期ダンピングです。

食後すぐ、早いときは15分、おそくても
30分以内にやってきます。

大抵は激しい動機、胸の痛み、過呼吸が
襲ってきます。
立っていることはかろうじてできますが、
背中は曲がり、片手は胸を押さえます。

さて、この姿、はたから見るとどうでしょう?

嫁さんと買い物をしているときなど、
ダンピングが来ると

ちょっと、やめて、その姿。

とかなり嫌がられます。
でも、もはや生理現象なのだから、
仕方ないじゃん!って開き直っていたのですが、
ある時、その姿を嫁さんが撮影していました。

そして、ほら、見てみてよ!と
その動画を見てみると・・・

殺人鬼そのもの。

片手は胸を押さえ、もう片方の手はだらりと下がり、
背中を丸め、眼差しはうつろ。
ふらふらと歩き、時には壁にぶつかっている。

今そこで一人刺してきました、といったら、
ほとんどの人は信用するであろう姿。

自分では周りにバレないように
気を遣っていたはずなのに、
残念ながら、その努力は無駄だったようです。

こんな姿を4年もさらしていたかと思うと、
さすがにちょっと恥ずかしくなります。


なので、それからというもの
ダンピングが来たらできるだけどこかで
休むようにしています。

だって、サイコパスが隣を歩いていたら嫌でしょう・・・?

昔、日はまた沈む、とあるジャーナリストは言いました

4年目のCT検査は無事に何事もなく終わりました。

まあ、主治医の先生がボソッと
「いや~、抗がん剤もやらなかったし、
どうなるかと思ったけど・・・」

と言ったのは、たぶん、光が見えた証拠と
思っておきましょう。


体重は54kg台を維持するようになり、
食事の内容は普通になって、
一回の食事の量は6割にまで戻って、
時々ダンピングで苦しんで、
たまにトイレから出られなくなって、
そんな日常を過ごしていることに
違和感がなくなってきています。

もはや「胃が痛い」というお約束の
ジョーク(全員スルー)
すら言わなくなりました。

右半身のしびれに関しては、
たくさんの病院を回った結果、
結局「神経障害性疼痛」だろうと。

半身がしびれているということで、
どうしても脳を疑われていたわけですが、
たまたま、右半身に症状がでているのではと診断され、
ストレッチをし始めてからというもの
痛みは確かに減ってきています。

がん患者だって働かないと、
今後も生産人口は減っていくんだしね。

というわけで、自分の4年検診を前振りにして、
ここからが本題。

働くということについて。


ここ数年で、本当に採用が難しくなってる。
新卒どころか、中途採用だって難しい。
本当に働き方、ということを
考えていく時代になったんだな~と思う。

そんな時、女優さんが結婚する、
しかも妊娠している!というニュース。

すると、なぜかニュースサイトには
「〇億円の違約金」
とか、
「企業がCMの変更を検討」
とか、
ネガティブなニュースばかりが流れてくる。

みんなそんな風に思ってるの??

結婚して、子供ができて、人口を増やしてくれて、
働きながら女優業を続けていく(?のか知らないけど)
のがそんなに悪いことなの??

結婚や妊娠したからって企業がCMの降板を検討するの??

日本が男女平等になるにはあと100年はかかりそうですね。

芸能事務所が大変、とかいう人がいるけど、
そもそも当人とそういうコミュニケーションが
取れてないことが問題。

今お付き合いしてる人がいて、
子供もすぐにでも作りたいと思っているって
事務所が把握していれば、どうにでもなること。

それは一般の企業だって同じ。

「せっかく育てたのに」って、農作物じゃないんだから。

仮に予定外の想定外だったとしても、
それをプラスに変えることは企業にはできる。

この前、日本のバブル崩壊を予想した
ビル・エモットというジャーナリストが、
今の日本を救うのは、女性の社会進出だ、
と言っていたけど、
これじゃ女性が活躍する社会なんて
夢のまた夢・・・。

と、女性の部下が11人いて、
いつ結婚、妊娠、育児休暇に入るか
ドキドキしているmominekoでした。